共立不動産

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2007年10月

2007年10月07日

住宅ローンの仮審査もネットでOK

以前から住宅ローンに力を入れていた福井銀行ですが、福井銀行のホームページhttp://www.fukuibank.co.jp/index.htmlにはネットで、簡単に住宅ローンの仮審査が受けられるシステムが出来上がっています。(トップページから「個人のお客様へ」をクリックすると出てきます。)
土曜・日曜も営業しているナチュラプラザも便利がよく、仮審査は特に必要な書類なども少なく、早いと3日くらいで結果も出てスピーディーですのでお勧めです。買い求める物件を契約する前でも、簡単に審査できるので、どれくらいの与信があり、どれくらいの金額まで貸してもらえるかなども知ることもできるのでこれから土地を買ったり、建物を建てる際にローンを利用する際は是非利用されてはいかがでしょうか。

福井銀行はお勧めですよ、と言っておいてこれから話と矛盾するかもしれませんが、住宅ローンの申し込みから実際の資金の交付までをすべてネットだけで行う銀行もあります。
ソニー銀行の住宅ローンの流れを見てもわかるように、銀行に来店しなくても最高1億円までの融資がネットでできちゃうんですよね。

このようにネットを駆使すれば来店不要な銀行も見つかるのですが、印鑑証明や所得証明、土地の謄本など必要書類はどこの銀行へ言ってもそれほど変わりません。市役所、法務局、場合によっては税務署などなど、添付する必要書類を集めるだけでも優に半日はかかります。たとえすべてネットで処理ができるとは言うものの一世一代の買物をするわけですから、それくらいのエネルギーがかかることは我慢してください。

福井銀行

物件選びから、最新金利情報などなど住宅に関するお役立ち情報は「福井銀行 マイホーム工房

住宅ローンの仮審査もできちゃいます。

2007年10月09日

徳島・高松へ研修。繁盛する飲食店とは?

高松市の中心街にある商店街の再開発が民間主導で非常に成功したということを聞いて、福井の中心市街地再開発に役立てようということで、福井県不動産のれん会の主催で、四国への研修旅行があり、先日四国まで行ってきました。
旅程は2泊3日、福井出発は朝6時でしたが、私は出発日当日は大事な決済が重なり、一人だけで昼から本隊を追っかけることとなり、12:44発のサンダーバードで大阪へ行き、大阪から鳴門まで高速バス、鳴門からホテルまでシャトルバスと乗り継いで17:40分ごろホテルに着きました。
写真は高速バス(最後列)から撮った鳴門大橋。
橋の下でうず潮が巻いていたのがはっきり見えました。感動しましたね。
そういえば、昨年の中国広州への旅行も、JALのマイルが貯まったので、本隊とは別便で早く現地に入り、帰りは遅くまで中国にいて一人で行って帰ってきたことを思い出しました。遠いところへ一人で行くことは苦になるところか、適度な緊張感の中で自由さがあって、どちらかといえば好きなのかもしれません。
本隊は1日目に高松市内の再開発事務所へ行って現地調査や懇談などまじめに研修していたようで、ホテルに合流後、色々と話を聞いて勉強しましたが、2日目はゴルフをしようということで、鳴門のエキシブ鳴門というリゾートホテルに宿泊でした。これがまた何にもない山の頂上付近にドカンとヨーロピアン調の豪華絢爛、バブリーなホテルで、運営しているリゾートトラストという上場会社の会員制リゾートホテルで、琵琶湖にもあるのですが、内装はほぼ同じでした。
ここのリゾート会員権の仕組みは、ホテルの建物の1部屋ごとの権利を数人~十数人に分譲し、宿泊権利を分配する不動産の所有権形式で、最低で5~600万円?で共有名義を買って、年間20回くらい会員価格で宿泊ができるシステムなのです。不動産の権利を取得することで、安心感はあるのですが固定資産税も支払わなければ駄目ですし、宿泊も無料ではなく、食事も周りには何も無いのでホテル内の高いレストランで済ませることとなり、あまりうらやましいとは思いませんでしたが、運営会社からすると、建築費や土地代は分譲することで回収し、その後の運営でまた一儲けできるうまいやり方です。夕食の中華料理は今ひとつでしたが、朝食だけはうまかったです。

2日目はゴルフで汗を流し、夕方に高松市へ移動、そこで夜の商店街をまた見学して就寝。と思いきや少し小腹が空いたのでちょっと一人でぶらりと外に出て、屋台のおでん屋で夜食と寝酒を食らって就寝。ホテルはまた全日空クレメンス高松という豪華なところで、高松港のフェリーと高松城跡、そして遠くに見える屋島が大変綺麗でした。ちなみにゴルフはHCに恵まれて3位、馬も当たり、8月に買ったドライバーが威力を発揮してドラコンもゲット、少し儲かりました。(〃^o^〃)!
3日目は早めに目が覚めたので、また一人で高松城跡の玉藻公園を一人で散策。海水が入ってくるお堀が残っていて、干潮になったのか堀の水が音と立てて海に流れ出していました。
午前中に高松市内から倉敷に移動し、倉敷市内を風致地区を見て回る予定でしたが、どうも高松市内にはやたらとうどん屋が多いのを目にし、地元の人も1日1食はうどんだと言うことを耳にして、ここまで来たのだからどうしてもうまい本場の讃岐うどんを食べようと、予定を変更し、午前中は高松市内の郊外店やもう一度中心部の商店街を見て周り、ちょうどお腹が減った頃に、ルミばあちゃんで有名な「池上製麺店」のうどん屋に向かいました。
小さな店でいつも行列ができていると聞いてはいたものの、現地に着くとやはり20人ほどの行列、地元の人でもこれだけ並んで食べるうどんとはどういううどんなのか?ますます興味津々、列に並んでやっとなかには入れるまで約30分。
中はご覧のとおり、右半分に麺を打つ所があって、打ちあがった麺はすぐさま、中央にある釜に放り込まれ、茹で上がった麺をすぐにどんぶりに移して、ハイ出来上がり。お客さんは立ったままそれを眺めつつ、自分の頼んだどんぶりを手にその上に乗せるてんぷらやフライを選んで、最後にお金を払って、また外に出て、外のアルミ車庫のような屋根の下で食べる流れになっていました。
うどんは熱いのと冷たいのの2種類で、それを1~3玉で注文するだけですが、熱いのは前もって茹でてある麺ではないので、自動的に釜揚げということになり、私は冷たいのを1玉、卵は入れずに素で食べ、釜揚げを2玉に海老天を1つだけ入れて食べましたが、やっぱりうどんがうまい \(^-^)/ つるつるしてはいないけど、もっちりで、ツユも薄めで甘くも無く辛くも無く、シンプルな味付けと食感なのですが、飽きの来ない、やはり並んで食べるだけの価値はあるな、と思ったうどんでした。

帰りに通った瀬戸大橋。明石大橋、鳴門大橋より、鉄道が通っているからなのか、ひと回り大きく見えました。ここで休憩後480km約6時間、高速上をひた走り19:30分帰福。私は神戸近くまでバスの中ではバク睡(~ο~)-zzzでした。
ここで留美ばあちゃんのうどん店の特徴 当初爺さんと婆さん二人でうどんの製麺をしていた作業所に、うどんの味に引き付けられたお客がその場で茹でて食べ始めた形体をそのまま続けているので、建物は店(食堂)のない厨房だけ・駐車場は砂利の空地があるだけ・お客が商品を取りに行き食べたら自分で食器を返しに行くセルフ・建物(厨房)には暖簾だけで看板なし・駐車場に幟が2本・お茶も自動販売機が置いてあるだけ・メニューも爪楊枝もなし・店名もどこにも書いてない・エアコンも一台もない(扇風機1台)
留美ばあちゃんのうどん店経営戦略的考察 
「お客さまへの直接・間接的なサービスと徹底的に排除」
1、お茶か水、オシボリを出す人も必要ないので人件費を削減。
2、建物にかかる初期投資を最小限に絞り、運営経費も徹底的に削減
3、広告費を含めた間接経費も徹底的削減
4、お客を待たせても、一気に沢山茹でたりせずにマイペース
その代わり、うどんはすべて打ち立て、茹で立ての満足する味を提供し、代金は大人でも400円(一玉100円、てんぷら1つ100円)で充分腹がふくれる。
しかし繁盛しているのと、儲けているのとでは別問題。あれだけのうどんの下ごしらえはかなりの時間と労力が必要ですし、人件費もかなりかかっているものと思います。但し、このやり方ならお客が来なければ、人を解雇し、うどんを作らなければ赤字が出ないというのが最高の強みです。
これとは逆に、立派な店構えに、多くのウエイターを雇って、オシボリとお茶が出てきて、エアコンが効いている雰囲気の良い店を作っても、お客が来なければ初期投資の回収どころか人を削減しても、光熱費などの維持費だけで赤字となってしまうと言うことです。

2007年10月12日

福井県民プロ野球球団発足!!

すでに今年から石川、富山、新潟、長野の4県でスタートしているプロ野球独立リーグ「北信越BCリーグ(ベースボールチャレンジリーグ)」に加盟するプロ野球球団がいよいよ福井にもできつつあります。
このリーグの特徴は、元西武の石毛選手が中心に四国4県に同時にチームを作り上げて発足した「四国アイランドリーグ」と異なり、各県でそれぞれの県民の有志が集まり資金を出し合って1球団を保有、運営する株式会社を設立し、そこでできた各県の球団チームがリーグ戦を運営する「ジャパン・ベースボール・マーケティング」社(新潟)が行なう年間72試合(来年は多少変動あり)のリーグ戦に参加する形で行なわれます。
このため各県の球団会社は、最初の会社設立からその後の監督や選手の給与の支払・管理、観客の動員やチケットの販売、スポンサーや後援会組織やファンクラブの運営などを独自に行ないます。また、実業団チームのようになることを避け、特定の企業の資金提供に頼ることなく、多くの県民に関わり合いを持ってもらうために、出資者だけでなくスポンサー・ファンクラブ会員や観客として一人でも多くの応援を求める運営が特徴となっています。
また、地域のボランティアや少年野球チームの野球教室なども頻繁に行なわれます。

先日、福井市内に設立準備室が開設され、球団会社の発足を目指して出資者を募集が開始されると同時に10月25日締切での球団名の公募が行なわれています。
石川ミリオンスターズ・富山サンダーバーズ・ 信濃グランセローズ・新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ・群馬ダイヤモンドペガサスに負けないチーム名を考えてみてください。
球団名募集の福井新聞記事
ネットからすぐに応募できる 募集要項
選手になるためには入団テスト(トライアウト)の要項
実力はどんなものか見るためにはまだ今年、17日まで公式戦が行なわれています。(石川ミリオンスターズの試合日程)
来年から福井では福井県営球場のほかに、新しく出来上がる福井フェニックススタジアム、敦賀市運動公園野球場、美浜町民広場野球場、三国運動公園野球場で公式戦が行われる予定です。
福井に賑わいと楽しみを創生し、子供たちの地元愛をはぐくむために、是非出資者・スポンサー・ファンクラブ・観客・運営ボランティアとして皆様のご協力をお願いします。

2007年10月28日

北信越BCリーグ初代チャンピオン決定!

16日は石川県営球場へ行って北信越BCリーグの石川ミリオンスターズ対富山サンダーバーズの公式戦を観戦してきました。
BCリーグは1年間で72試合行なわれるのですが、この両チームは16日の試合が71試合目でまだ優勝が決まっていない状況で、石川1位で富山が2位ゲーム差1。石川ミリオンスターズには優勝マジック1が点灯していて、石川はこの試合に勝てば優勝という一番盛り上がる一戦でした。富山もこの試合に勝って、さらに最終戦石川が負け富山が勝てば富山の優勝もあり得る大事な試合でした。
私は初めて見るBCリーグの試合でしたが、試合開始ぎりぎりに到着。石川県営野球場はすでに約4千人の観客が集まって個性あふれる応援が始まっていました。
  こちらは石川ミリオンスターズの応援席、1回裏富山は三者凡退、1回裏、石川は1番バッターが走りまくり富山の守備と投手を撹乱し、5番バッターのホームランなどで4点先制、石川サイドの応援は早くも盛り上がりましたが、やはり一般のプロ野球(中日巨人などの属するNPB)と比較すると、投手を含めた守りがやはり格段の違いがありました。しかし、打線は投手力が弱いこともあり、富山も4回までにしぶとく4点返し4対5、打ち合いの面白い試合でした。
対するこちらは富山の応援席、さすがにアウェイで人数は少ないのですが、ほとんど富山から駆けつけた人たちが必死の応援をしていました。
野球の応援に付き物のブラスの応援は富山の方が断然にうまかったので近づいて見ました。遠くから聞いているとペットのほかに何かほかの楽器の音がして厚みがあったので、トロンボーンも入っているのかと思いきや、野球の応援には珍しくホルンが1本頑張っていました。
選手の応援歌には、中日のリ・ビョンギュの応援歌や阪神の矢野捕手の応援歌がそのまま使われていたり、北陸電力の「元気で元気、元気で元気…」など個性あふれるものが流れていたので、いつもどこかで練習しているのか尋ねたところ、みんな応援席で集まって実戦の中で練習してこれまでになったとのこと。それにしてもうまいな~って言ったら、今日はみんな高岡商業と富山商業のブラスのバンドの出身だと言うことでした。そういえば、私の時代でも富山のブラスバンドは全国でも有数 だったことを思い出しました。
どちらの応援団にも、かなりのめり込んでいる熱い人がいましたが、こうして選手や監督のサインがもらえるのも地元球団の地域密着的なアピールが効いているみたいで、心が和みました。
試合のほうは中盤になっても、富山の中継ぎ陣が石川の打線の勢いを止めることが出来ず、打つわ打つわで結局16対5で優勝。金森栄治監督がBCリーグ初代優勝監督となり、ホーム球場で多くの観客の前で胴上げされました。
私は福井の球団関係者と言うことで、あつかましくもグランド内に侵入?し、監督はじめグランド側から客席を写真を撮りまくりました。
まずは、至近距離から報道陣に混じって金森監督を激写! 優勝した割には落ち着いていてジワッと内から喜びをかみしめているようでした。
試合も楽しみましたが、1年目とは思えない観客の応援、色々考えられた演出など地域密着型、地元の球団にはかなり熱い応援団がついて楽しそうに応援していて、来年から福井でここまで出来るのか、不安になるほどしっかりとした運営がされてました。
金森監督は石川県金沢市出身で、地元の小学校を卒業してからはPL学園中(へぇ~ 中学校もあるんだ)-PL学園高-早稲田大-プリンスホテル-西武-阪神-ヤクルトと野球界のエリートコースを歩んできたサラブレットのような野球人、それだけに野球に対する意気込みも、理論もかなり選手に影響を与えたのではないかと思いました。(こういう人材が福井の監督になってくれるといいのになぁ)
こちらは左側がBCリーグを運営する、ジャパン・ベースボール・マーケティング社の村山代表と、石川ミリオンスターズ球団代表の端保社長。二人とも一仕事終えたあとのいい顔してますね。
ほんと楽しい時間でした。

富士山を堪能してきました。(付録:1977年のハワイ旅行)

「いつもどこかへ出かけてますね」なんて言われるようですが、10月は色々な団体や集まりでの旅行も多く、これでもひとつキャンセルしたくらいなのですが、行くからには天気も良くて楽しくてためになる旅行が一番ですね。
とか、いいわけを最初に言ってから、今回出かけた先は富士山周辺。
宿泊は「富士山をバックに四季を彩る2万坪の大庭園と心安らぐ和の情感に癒されながら至福の時が満喫できる富士五湖最大の温泉リゾート」が売りのホテル鐘山苑、というところ。マンションのオーナー会なので、おじいちゃんおばあちゃんに混じってのバス旅行でした。
朝の7時に出発して、名古屋経由で富士のふもとに向かいますが、ヤッパシ遠い!。延々5時間バスに揺られてようやく着いたのが、久能山東照宮。ご存知徳川家康を祀ってある色使いがコテコテの神社。東照宮って言うと日光のほうが有名みたいですが、バスガイドさんの話によると、徳川2代将軍の時に江戸城がある関東平野を見渡せる所に遺灰を分けて東照宮を作るべきだという言う人が現れて、日光にも東照宮ができたとのこと。家康のお墓の前で説明していたガイドによると「家康は火葬されずにこの地にそのまま眠っていて分骨などしていない。こっちが正真正銘の本物の東照宮です。」と言っていました。世が世なら将軍様の菩提所ですから、近づくことすらできなかったものだと思います。それにしても今はロープウェイでしたが、私はてっきり麓から頂上に向け上っていくものだと思っていましたが、実は車で登れて富士山も望める日本平から、久能山へは少し下がり気味で下っていくのには少々勘が外れました。
その後食事を取って、どんどん富士山に近づきますが、少々j雲が出ていた天気が徐々に回復、麓の花園など見学する頃はほとんど雲の無い富士山が目の前に見えていました。夕方には河口湖のそばのホテル鐘山苑に到着。温泉に入って宴会、2次会へ行くことも無くおとなしく就寝。 早寝早起きは3文の得、って最近聞かなくなった懐かしい文句ですが、6時前に起きて布団の横の障子を開けて取った写真が ← これ
富士山の北側に位置する場所からの朝日に照らされた富士山です。雲ひとつない絶品の富士山でした。
これだけの自然遺産が世界遺産に入らないのはどう考えても不思議なのですが、それだけゴミなどが多いと言うことなのでしょうね。(携帯電話のカメラでも良く撮れてます。)
ホテルを出て向かったのが河口湖。富士山の見えない駐車場に降ろされ「あれ、富士山はどこに見えるの?」と聞くと、待ってましたとばかり横からおっさんが「ボートで湖面に出ればすぐに見えますよ。一人1000円でいつもより長いコース走りますよ!」てな調子。「最初から富士山が見える駐車場に止めんかいな」と朝からほざくのも何だし、モーターボートも乗ったことないし、みんなで乗って河口湖の湖水の上から撮った富士山がこれ。天気は快晴だったし、1000円仕方ないか…。
河口湖の駐車場から出ようとすると集まってきたのが、この集団。70年代のアメリカンフルサイズ集団です。ショックを長くしてコンプレッサーで車体を上下したりして遊んでいる昔のオールウェズかぶれ?で、ダイアナなんて曲が浮かんでくる風景ですね。
その中でも私にとって思い出に残るのが一番手前の白い車、フォードのリンカーンコンチネンタルマークⅣですね。リトラクタブルといってヘッドランプが格納型で、何しろデカクテかっこいいアメ車ですが、この車との出会いは1977年の夏のオアフ島。ろくに金も持たずに2週間のハワイ旅行に来た私を含め4人の貧乏学生は、最初の2,3日は景気よく遊んでいましたが、1週間も経つと残り数万円、食事代を考えるともう金のかかる遊びはできなくなり、ワイキキビーチでボケーッとしている毎日でしたが、それにも飽きるとカラカウア通りから一つ入ったストリートのビデオ屋さんの常連になっていました。
話は長くなりますが、このビデオ屋さんの軒先ではビデオが映されていて、丸椅子に座ってタダで何時間でも見られるので、ワイキキが暑すぎるとここにきてビデオ鑑賞と決め込んでいたのです。3日も経つとその店のおばさんとも仲良くなり、いつしかあんた達はいつまでハワイにいるのかと聞かれ、まだ4日ほど滞在すると答えると、明日家でバーベキューをするから遊びに来いと言われ、ついでにゴルフもするがどうかと言われ、ホイホイついて行く事になったのです。ゴルフは松浦が数回したことがあると言うので、私はクラブも握ったことが無かったのですが、参加することとなりました。
そして翌朝、私たちが泊まっている安ホテルの玄関にデ~~ンと鎮座していたのが、忘れもしないこの真っ白のフォードリンカーンコンチネンタルマークⅣのピカピカの新車だったのです。こっちは貧乏学生ですから何も取られるものは無いのですが、お世辞にも立派とは言えないビデオ屋のおばさんには似つかない車でしたが、ご主人はアメリカンアーミーの軍人さんとのこと。かっこいい軍人さんの運転でフワフワの後部座席でゴルフに出かけ、帰りにはその方の家でバーベキューを堪能し、その帰り道またこの車に乗せてもらいました。
海に向かって広がるパイナップル畑の中をまっすぐ走るオアフ島のハレイワからワイキキに向かう片側6車線のルート①。そこで流れてきた曲が寺内タケシが奏でる加山雄三の「海その愛」。ふと後ろを振り向くと海の中に沈みかける夕日。…本当にこのときばかりは景色に感動しましたね。そういう思い出のある車でした。
あれから32年、当時 円は190円前後でしたが、それでも円高と言うことで喜んでいたのですが、当時の他の3人は、山形労働金庫でまじめに働いている「ブースカ」こと佐藤君。横浜に住んでいてJR関係の電気設備工事の会社を営みドラゴンズのチケットを送ってきてくれる松浦君。福岡博多で税理士事務所を開業している当時「博多のキャバレー王子」と呼ばれた元山君。みんな元気で、2年に一度は同窓会を開いて今でも交流している仲間です。この人たちとの交流は深くて長いのでまた別のブログで書き込むこととします。

話は元の戻り、旅行は静岡からNHKの大河ドラマに便乗して血気盛んな?甲府に入り、まず見たのが武田神社。「人は石垣、人は城」の言葉とおり城を作らなかった信玄ですが、生活の拠点としていたこの場所はしっかりとお堀も張り巡らしてありました。
場所は甲府市内から車で5分ほど坂を上ったところですが、かなりの観光客が集まっていて大盛況でした。福井市内にはこれより立派なお堀もあるのですが、城内があれでは観光客はくるわけがないですな。
ここでせっかく甲府まで来たのなら、と言うことで私は団体と離れて得意の?単独行動で、しっかりと息子たちが住むマンションの鍵を握って東京へ向かいました。 ホントは黙って行ってしまおうと思ったのですが、二人とも不在だと何のために行ったか値打ちが無いので前日に連絡は済ませておきました。連絡したにもかかわらず兄のほうは用事があるとのことで弟と一緒に食事に出かけ、学校のことや友人のことなど聞いたりして親父振りを発揮しましたが、翌朝は二人とも授業だと言うことで、一緒にマンションを出て今話題の丸の内周辺を探索してきました。
ここは新丸ビルの5階、レストランのフロアですが、一見するとどうも福井の駅東にできた「アオッサ」の3階の雰囲気とよく似ていて、丸ビルは1軒ごとに店舗は独立していますが、街角の食堂街をそのままビルの中に入れたつくりでした。
雰囲気は良く似ているのですが、全く違うのが客の数。店からあふれて人が並んでいる店も多く、よく似たコンセプトで作ったのでしょうが、東京では成り立っても福井ではどうなのでしょう?。やっぱり官主導の再開発では駄目なのでしょうかね。
最後にNHKの番組「そのとき時代が変わった」の司会をする松平アナのマネをして閉めたいと思います。
「それでは皆さん、今夜も最後までお付き合いしていただきありがとうございました。次回のブログも、是非最後までお付き合いいただきますようお願いします。それではおやすみなさい。m(._.)m」

2007年10月29日

目指せ 日本一

セリーグのペナントレースでは読売に負けて2位となってしまいましたが、今年から始まった「日本シリーズへの出場権」を賭けたクライマックスシリーズでは、阪神を木っ端微塵に、読売にも危なげなく3連勝であっけないくらいに、出場権を得てしまいました。
そして一昨日から札幌で始まった日本ハムソーセージ いや北海道日本ハムファイターズとの日本一を賭けた日本シリーズが始まりましたが、第1戦は川上がボラギノール いやセギノールに痛恨の3ランを浴びて2安打にもかかわらず痛恨の敗戦、しかし昨日はドラゴンズらしい試合運びで快勝、最後は高橋聡文が試合を締めました。
今日は移動日で選手やコーチが札幌から名古屋へ、全員一軍登録選手ですから飛行機だと思うのですが、JRの場合はいつもグリーン車になるそうです。2軍選手だとJRは普通車での移動ですから、厳しい実力の世界です。
数年前ヤクルトが福井に公式戦で来たとき、ニューユアーズに宿泊したのですが、部屋割り表を見る機会があったのですが、監督はスイート、選手コーチはほとんどがツインのシングルユース、通訳やトレーナー、マネージャーなど総勢で40名ほどが帯同していて、すべて一人部屋、さらにマッサージ室として普通の客室を2つほど専用に借りていました。食事は各自で決まった時間帯にレストランに行けば用意がしてあることや移動時間などのスケジュールも書いてありました。宿泊と食事でだけでも1日優に100万円はかかる計算になります。
選手の年棒は中日だと荒木で1億、井端で1億8千、福留3億、ウッズ5億……で総額30億を優に超えますが、それと移動の交通費、宿泊費などなど球団運営は楽ではないのは当たり前です。これらをスポンサー・広告収入のほかに球場の入場券収入でまかなうわけですから、チケットが高くなるのも致し方ないところ。
今回の日本シリーズのナゴヤドームの内野は一席8000円、売り出し日には電話もネットもつながらず、結局オークションで見ると、ペアで30000円以上で取引されています。ホントは31日休みだから見に行きたいところですが、仕事が入ってテレビ観戦です。
今日は、福井球団の名前が決定する会議がもうすぐ始まりますので行ってきます。

2007年10月30日

ホントの不動産の有効活用

土地や建物の不動産を持っていると毎年、固定資産税(福井市内の市街化区域内では都市計画税も)がかかりますし、空地にしておくと雑草も生え、空家にしておくと火災なども心配です。
そのような人を対象に「遊休不動産を有効活用しましょう!セミナー参加者募集」が良く開催されていますが、中身はアパートを建てましょう。いやマンションにしましょう、という建築会社のセミナーがほとんどです。
アパートやマンションばかり建てて、入居する人はいるのか、とか家賃が滞納したときはどうするのか、とか心配になりますが、こういうところへ出かけると、必ず、家主になった時の心配事はすべて解決してくれます。(家賃は30年間保証しますとか、滞納のときもすべてこちらで対処しますとか、答えはすべて用意されていて、安心できるようになっているのです。)
私の持論では、アパートやマンションを建てて最初の10年はほぼ満室状態が続くのは当たり前、10年過ぎたあとが勝負と考えています。家賃保証はたとえば入居者から5万円の家賃をもらう部屋を、入居者がいない場合でも家主には4万円払う(1万円は保証料)ようなシステムで、共済会などの別の組織で運営されているのですが、最初の10年間は家賃保証しなくても入居者が詰まっているのですから、1部屋当たり1万円の収益が共済会に入ることとなり、10年間で120万円の収益を上げることができます。
家賃保証は最初の10年間は4万円でも、10年を過ぎると3.5万円、3万円と下げていきますから、10年以降入居者がいなくても最初の10年間の利ざやで保証ができる仕組みなのです。10年過ぎても保証額を維持したい場合には、法外なリフォームを強いられる仕組みにもなっていて、そのリフォームの利ざやでその後の保証をする仕組みになっているのです。
ですから、家賃保証なんていう姑息な仕組みを使わなくてもその場所に合った間取りや造りのアパート・マンションを建てれば充分に勝負できる賃貸経営ができるはずなのです。
不動産の有効活用というとすべてアパート・マンションを建てることばかりではありません。その場所に合った間取りや造りを考えてもどうしても賃貸住宅は不向きだという土地は、貸駐車場や貸店舗、又は売却して他の場所の既に建っている賃貸物件を丸ごと購入するなど別の活用方法を探すべきなのです。

福井県民プロ野球球団の動き

来年から北信越BCリーグ(来年より福井と群馬が参加してBCリーグに名称変更)に参加する、福井県民プロ野球球団の設立が徐々に具現化してきています。
まずは球団を運営する福井の会社の設立に向け、県下優良企業を中心に設立会社の出資者(個人と法人)への勧誘が本格化し、正式な出資申し込みが集まりつつあります。できるだけ趣旨に賛同していただける多くの企業・個人に広く浅く呼びかけているため、まだまだ金額的には目標に程遠い状況ではありますが、目標に向かって少しずつ前進している状況です。書面手続き面では会社名もほぼ決まり、設立に向け定款もほぼ出来上がる状況です。
次に、球団名ですが、全国から募集した球団命名のはがき・メール・ファックスが1130通ほどあり、昨晩の会議でほぼ内定しました。(今後商標権などの問題がないかを確認し、発表されるようです。)
次に、球団の顔とも言うべき監督は、かなりの大物(NPBで活躍した打者や投手)と交渉なども進められているようですが、野球ばかりではなく、地域のボランティアや野球教室などにも積極的に参加して、地元に馴染んでいただける人間性なども考慮して、もう少し時間がかかるみたいです。
そして、選手の選考ですが、入団テスト(トライアウト)には、総勢で400名ほど受験?するようです。今年新潟からは6名も戦力外通知があり、かなりのレベルアップも見込まれそうです。
今後、球団運営会社が設立されると、6チーム全体のスポンサーとなるリーグスポンサー、北陸3県(福井・石川・富山)をカバーするゾーンスポンサー、そして福井球団をスポンサードするチームスポンサー、チームのボランティア活動などを含めあらゆる面で人的金銭的面で応援する後援会、そしてチームの試合を球場で応援するファンクラブ、など県民全体で球団・チーム・選手個人を応援する体制を整えていく予定です。
趣旨に賛同し協力していただけるスタッフも募集しています。お金は出せないけど、試合のときに交通整理をするとか、チケット売りをするとか、選手の移動を手伝いしますとか、人的な援助をすることなども大いに歓迎します。
とにかく何ができるかわかんない人でも、気軽に球団事務所に来て自分で協力できることを伝えにきてください。
事務局は〒910―0016、福井市大宮1丁目11―27 清水ビル3階。FAX=0776(23)0089