新しい土地を買ってそこに家を建てた時、その家の住所は誰がどのように付けるのか、皆さんご存知ですか?
まずは住居表示法が施行されている地域
福井県内では福井市・鯖江市・あわら市の金津・坂井市の三国などの市内は施行住居表示法という法律が施行されていて、市役所へ家を建てたことを届けると、そこの家は「△△○丁目○番○号」ですと、決められた住居表示が振り分けられる仕組みになっています。
これが行なわれているほとんどの地域は区画整地が終わりキッチリした道路で囲まれた1ブロック(街路)が区切られているので、そのブロックごとに1番2番…、そしてそのブロックの角の家から1号、2号…と順番に振り分けられるようにあらかじめ決められています。この○番や○号はどこから1番となるのかは、原則としてその市の市役所に近い方から、これも原則として時計回り(道路の広さなどで変る場合もあります)で振り分けられています。
ここで疑問なのですが、角に1号の家が建っていて、角から空地を挟んで少し離れて家を建てた場合、その家は2号になるのかというと、そうではありません。仮に2番としてしまって将来その空地に家が建ったら、その家の住所は1号と2号の間?になってしまいますので、空地は約10m間隔で家が建つことを想定して、30mの空地があると、2~4号を確保しておいて5号と定めるようになっています。
もう一つ覚えておいて損がない知識として、住居表示法による○丁目○番○号というのは、文字通り「住所」であって、郵便が届きやすくて家を見つけやすくする位置を示す意味があるのですが、不動産を売買する時にはその家にも土地にも「地番」という別の番号が決められています。
住居表示法の施行区域地図の例
これ例で説明すると、大手3丁目4番1号(住居表示)にある福井放送会館は、大手3丁目501番~504番と508番509番の地番の土地の上にあることがわかる。それぞれの地番の土地の形は、公図を取るとわかる。
そして、前述したとおり住友生命福井ビルの住居表示は、放送会館のすぐ隣なのに4丁目4番7号となっていて、2号から6号は抜けて番号が振ってある。ただ、市役所に近い角から1番という原則はここでは当てはまらない。
ですから、法務局や市役所へ行って自分の家の土地の所有者や面積を調べるために○丁目○○番(1桁から4桁 5桁は見たことがない)という地番がわからないと調べられません。つまり、住居表示法が施行されている場所には、不動産を特定する地番と住所を特定する住居表示の2つが存在しているわけですが、私たち不動産業者には住居表示も地番も載っている地図がありますのでそれほど面倒でもありません。
次に住居表示法が施行されていない地域
私の住んでいる丸岡もそうなのですが、住居表示(厳密に言うと住居表示法による住居表示)がされていない地域で家を建てた場合は、その家の土地の地番がそのまま住所になってしまうのです。
そこで、その地番が順序良くある規則により並んでいれば問題はないのですが、区画整理の行なわれていない郊外の土地の地番は、そもそも明治の地租改正のときに年貢を納める面積を調べるために付けられた番号がそのまま生きていますので、一定の法則で順序良く付けられている訳でもなく、土地の形もひょうたん型もあれば、三角の地形などもあり、更に戦後に新たに道路が敷設されたりすると、それはもうジグソーパズルのような土地も沢山出てくるのです。
そこに家を建てると、土地も1つの地番ではなく3つも4つもの地番の上に家が建つ場合も少なくないのですが、そこの住所はどうして付けるのかとなると、敷地の中で一番面積が大きい地番をそのまま住所にする人もいれば、玄関がある地番を住所とする人、道路に面した地番を住所とする人もいるため解りにくくなるわけなのです。
さらに、明治の初めにには、家を建てた人や土地を耕作している人が住んでいた集落の地番をその土地に振り分けた経緯(もう少しわかりやすく説明するとA村の太郎兵衛がB村の中に田んぼを作っていたら、その土地はA村の村地としてA村の○○字○○番と地番が付けられたこと)もあって、隣同士で道や川を挟んでいないのに、住所の町名(大字)までが違うようなことも良く見受けられるのです。
このような昔から付けられていた地番もややこしいうえに、現代でもその上に住宅を建てた場合でも地番の表示法が定められていないため、隣が10字15番なのに、うちは12字の30番なんてことも良くあるのですが、これら隣り合った土地同士なのに土地の区画の図面を探そうとすると、それが町名(大字)や字番ごとの図面であるため、色々な図面を貼り合わせないと一体の図面が表示できないのです。
ややこしい公図の例
家や土地を売りたいといわれたときに大変なのは実はこういう土地にめぐり合ってしまった時なのです。
地図をクリックすると大きく見れますが、公図の所々が歯抜けになっていて「地域外」と書いてあります。
地区外とはこの公図とは違う字番の土地が存在しているということで、この歯抜けの場所の字が何字かを探すのがなかなか難しい作業のです。
地番から1つの土地は見つけられても、その土地の隣接地が何なのかわからないこういう時には、かなりの時間と労力、そしてこれまで培ってきた勘を頼らないと隣の土地の図面や地番が出てこないのです。
市役所などで調べればすぐわかると思われるかもしれませんが、市役所の担当のところへ行っても、こういう字が入り組んでいる場所があること自体を不思議がっているだけで、時間の無駄になることが多いようです。
やっと見つけた歯抜けを埋める公図
これが、上の公図の「地区外」を埋める公図。今回のケースでは字番どころか、ナント住所の字名(町名)まで違っていた。
この地図で言うとA市B(集落名)町5字7番の土地だけが、A市C(集落名)町20字17番と14番の間に挟まっていたということになります。(説明していてもややこしくてわかりづらいですね。トホホ)
このように丸岡でも住所が入り組んでいるところがいっぱいありますが、福井市では地震や戦災で登記簿や公図自体が焼けたり紛失したりして、公図や登記簿が存在しない場所などもありました。
そういうところは地道な調査などで再製しているところもありますが、公図も存在しているけど、ややこしい場所はやはり行政が字名変更などを行い、できるだけわかりやすい住居表示になるようにしていただけたら助かるのですが、こんなご時世、とても無理な話でしょうね。
上の公図を合成すると
これは上の2つの公図と更にもう1枚の公図を合成した土地の位置図的なもの。
青・赤・緑ともに違う町名が入り組んでいるとても特殊な場所ですが、良く似たケースがあっちこっちであるのです。
まずは住居表示法が施行されている地域
福井県内では福井市・鯖江市・あわら市の金津・坂井市の三国などの市内は施行住居表示法という法律が施行されていて、市役所へ家を建てたことを届けると、そこの家は「△△○丁目○番○号」ですと、決められた住居表示が振り分けられる仕組みになっています。
これが行なわれているほとんどの地域は区画整地が終わりキッチリした道路で囲まれた1ブロック(街路)が区切られているので、そのブロックごとに1番2番…、そしてそのブロックの角の家から1号、2号…と順番に振り分けられるようにあらかじめ決められています。この○番や○号はどこから1番となるのかは、原則としてその市の市役所に近い方から、これも原則として時計回り(道路の広さなどで変る場合もあります)で振り分けられています。
ここで疑問なのですが、角に1号の家が建っていて、角から空地を挟んで少し離れて家を建てた場合、その家は2号になるのかというと、そうではありません。仮に2番としてしまって将来その空地に家が建ったら、その家の住所は1号と2号の間?になってしまいますので、空地は約10m間隔で家が建つことを想定して、30mの空地があると、2~4号を確保しておいて5号と定めるようになっています。
もう一つ覚えておいて損がない知識として、住居表示法による○丁目○番○号というのは、文字通り「住所」であって、郵便が届きやすくて家を見つけやすくする位置を示す意味があるのですが、不動産を売買する時にはその家にも土地にも「地番」という別の番号が決められています。
住居表示法の施行区域地図の例
そして、前述したとおり住友生命福井ビルの住居表示は、放送会館のすぐ隣なのに4丁目4番7号となっていて、2号から6号は抜けて番号が振ってある。ただ、市役所に近い角から1番という原則はここでは当てはまらない。
ですから、法務局や市役所へ行って自分の家の土地の所有者や面積を調べるために○丁目○○番(1桁から4桁 5桁は見たことがない)という地番がわからないと調べられません。つまり、住居表示法が施行されている場所には、不動産を特定する地番と住所を特定する住居表示の2つが存在しているわけですが、私たち不動産業者には住居表示も地番も載っている地図がありますのでそれほど面倒でもありません。
次に住居表示法が施行されていない地域
私の住んでいる丸岡もそうなのですが、住居表示(厳密に言うと住居表示法による住居表示)がされていない地域で家を建てた場合は、その家の土地の地番がそのまま住所になってしまうのです。
そこで、その地番が順序良くある規則により並んでいれば問題はないのですが、区画整理の行なわれていない郊外の土地の地番は、そもそも明治の地租改正のときに年貢を納める面積を調べるために付けられた番号がそのまま生きていますので、一定の法則で順序良く付けられている訳でもなく、土地の形もひょうたん型もあれば、三角の地形などもあり、更に戦後に新たに道路が敷設されたりすると、それはもうジグソーパズルのような土地も沢山出てくるのです。
そこに家を建てると、土地も1つの地番ではなく3つも4つもの地番の上に家が建つ場合も少なくないのですが、そこの住所はどうして付けるのかとなると、敷地の中で一番面積が大きい地番をそのまま住所にする人もいれば、玄関がある地番を住所とする人、道路に面した地番を住所とする人もいるため解りにくくなるわけなのです。
さらに、明治の初めにには、家を建てた人や土地を耕作している人が住んでいた集落の地番をその土地に振り分けた経緯(もう少しわかりやすく説明するとA村の太郎兵衛がB村の中に田んぼを作っていたら、その土地はA村の村地としてA村の○○字○○番と地番が付けられたこと)もあって、隣同士で道や川を挟んでいないのに、住所の町名(大字)までが違うようなことも良く見受けられるのです。
このような昔から付けられていた地番もややこしいうえに、現代でもその上に住宅を建てた場合でも地番の表示法が定められていないため、隣が10字15番なのに、うちは12字の30番なんてことも良くあるのですが、これら隣り合った土地同士なのに土地の区画の図面を探そうとすると、それが町名(大字)や字番ごとの図面であるため、色々な図面を貼り合わせないと一体の図面が表示できないのです。
ややこしい公図の例
地図をクリックすると大きく見れますが、公図の所々が歯抜けになっていて「地域外」と書いてあります。
地区外とはこの公図とは違う字番の土地が存在しているということで、この歯抜けの場所の字が何字かを探すのがなかなか難しい作業のです。
地番から1つの土地は見つけられても、その土地の隣接地が何なのかわからないこういう時には、かなりの時間と労力、そしてこれまで培ってきた勘を頼らないと隣の土地の図面や地番が出てこないのです。
市役所などで調べればすぐわかると思われるかもしれませんが、市役所の担当のところへ行っても、こういう字が入り組んでいる場所があること自体を不思議がっているだけで、時間の無駄になることが多いようです。
やっと見つけた歯抜けを埋める公図
この地図で言うとA市B(集落名)町5字7番の土地だけが、A市C(集落名)町20字17番と14番の間に挟まっていたということになります。(説明していてもややこしくてわかりづらいですね。トホホ)
このように丸岡でも住所が入り組んでいるところがいっぱいありますが、福井市では地震や戦災で登記簿や公図自体が焼けたり紛失したりして、公図や登記簿が存在しない場所などもありました。
そういうところは地道な調査などで再製しているところもありますが、公図も存在しているけど、ややこしい場所はやはり行政が字名変更などを行い、できるだけわかりやすい住居表示になるようにしていただけたら助かるのですが、こんなご時世、とても無理な話でしょうね。
上の公図を合成すると
青・赤・緑ともに違う町名が入り組んでいるとても特殊な場所ですが、良く似たケースがあっちこっちであるのです。