共立不動産

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2009年01月

2009年01月08日

得する賃貸物件の選び方 礼金

礼金とは、「入居契約時に家主へ支払うお礼金」で、退去時にも返還されない金銭で、地方により授受しない地域もあれば、その金額も色々で全国一律に決まっていません。

そこで問題です。

(A)家賃80,000円、礼金1か月分、敷金3ヶ月の部屋

(B)家賃82,000円、礼金なし、敷金3ヶ月の部屋

1年間住むとして比較した場合、(A)(B)どちらが得か計算してみましょう。


答えは実は(B)の部屋のほうが、1年で36000円もお得なのです。

(A)は1年間の総額家賃は96万円ですが、礼金1か月分を加えると104万円

(B)の方は2年間の総額家賃98万4千円ですので、ナント1年で5万6千も安いのです。2年間借りたとしても、(B)の方が、3万2千円安いのです。

これだけ大きな差が出る礼金の話をして見ましょう。

礼金はどのように発生したかは明確でありませんが、借主が部屋を借りるとき、家主には敷金を預けるのですが、家主にとって敷金は返すべきお金で、新しい人が入居することで物件の内部を綺麗に掃除をし直したり、契約書を書き綴ったりする仕事をした代償として借主に請求したと考える説や、借りる権利を買い取るための権利金の名残とする説、これからお世話になる家主に対し挨拶代わりに支払ったとする説などがあるようです。

いずれにせよ、地域の慣例的なものが定着したものと思われます。

地域的に非常に特徴があって、20年ほど前までは福井ではほとんど礼金の授受は少なかったのですが、関西地方ではかなり以前から礼金を徴収する慣例があり、敷金2ヶ月、礼金3ヶ月とかも珍しくはなかった時代もあるようです。

ここ20~30年の傾向として、貸主が公的な資金(旧 住宅金融公庫など)の借入によって建築した物件は礼金が禁止されるようになってから、全国的に礼金無しの物件も増える一方で、礼金2ヶ月・敷金2ヶ月の契約が見られるようで、多種多様な契約条件になってきたようです。

また、最近では礼金がそのまま家主には入らないシステムも増えてきています。

入居者側の仲介不動産業者が別の仲介不動産業者(家主側)の物件を紹介して入居が決定した場合、従来は1か月分の仲介手数料を2社の不動産業者が2分の1ずつ分配していたのですが、これでは仲介手数料が少なくなると考えた家主側の業者が、家主に事前に了解してもらって礼金を広告宣伝料として家主に渡さずに、仲介不動産業者に手数料として支払うケースも目立ってきました。この場合、入居者が支払った礼金は一旦家主に支払われた、家主が領収書を切り、家主はそれを再び広告宣伝料として不動産業者に戻すので、契約した入居者は特に違和感?を感じないかもしれませんが、家主側の収入が減った分、不動産業者への支払いが倍になった勘定になります。

これにより、不動産業者は家主側に別の不動産業者がついている物件を斡旋しても1か月分の報酬が手に入るとのことで、できるだけ礼金をバックしてもらえる物件を紹介するような動きも増えてきています。

このシステムで仲介している業者は、その会社だけで入居者と契約できた場合でも前述と同じように広告料として徴収し、結局は1回の契約で2か月分の仲介手数料を手に入れる業者も方法も現れてきました。(詳しくは仲介手数料と特別管理料で書いてあります。)。

弊社では昔ながらの慣例どおり、というか、できるだけ入居者の負担を少なくすべく、できるだけ礼金の設定の無い契約を家主に薦めていますが、礼金を設定したい家主に対しては、入居者のある都度家主にそのままお支払いしており、2社の仲介の場合は手数料は2分の1を仲介不動産業者にお渡しをしております。

最後に、礼金を払ったことで退去の時退去時の原状回復費用を少し優遇してもらえるとか、何かの代償を受けられることはまったくと言っていいほど何もありません。家賃の一部の前払いと思っていただいても差支えが無いほどです。礼金が無い物件を探せばいいのですが、どうしても礼金がある物件に入居したい場合は、礼金とはこういう意味合いのお金ですので、言われるままに支払うのではなく、あとはここで読んだと言わずに上手に交渉してみてください。

2009年01月09日

謹賀新年 東京が福井の真似を始めた?

明けましておめでとうございます。
今年も何卒よろしくお願いします。という所まではこれまでと同じですが、今年ほど先行き不安な正月は初めてです。
まずは、トヨタの赤字転落により旧武生市周辺の自動車関連や機械関連の企業も派遣(正社員も?)のリストラが始まり、借り上げ賃貸社宅が100戸を超える解約が出たとのこと。家主に賃料保証をしている大手の賃貸専門業者も大慌ての様子ですが、そのうち保証家賃は大幅に見直しされ、家主にも大打撃が迫っていることは間違いないことだと思われます。安定した家賃が保証されるからローンを組んでアパートを建築した家主にとっては一大事。これから大きなニュースになってくることだと思います。
会社からは解雇され、それまで住んでいた社宅からは追い出された人も大変ですが、そういう人たちはやはりどこかへ住まなくてはなりませんから、別の安い賃貸物件を探しに来ることも考えられますが、生活費にも困っている人たちの保証人になる人もいない、入居時に必要な敷金などのまとまったお金もない人に住宅を貸す人もいないということで、国では無担保無保証で50万円を限度に当面の住宅賃借の資金を年利1、5%で貸し出す政策を始めましたが、当面は失業保険で家賃は払えますが、失業保険が切れる6ヶ月後までに次の仕事が決まらなければ、家賃も支払われない状況になります。
そうなると、何とか助けたい気持ちはあるのですが、現状で無職に人に借入までさせて入居してもらっても、6ヶ月以降の家賃が保証できなければ、その住宅のオーナーに家賃は入らなくなってしまいます。誰かの言葉で、「世の中で一番不幸なのは仕事が無いこと」という言葉がありましたが、家主と入居者の中間で入居を斡旋する不動産業者にとっては、貸すも地獄、貸さぬも地獄になりかねない厳しい状況です。
そこで何か新しい指針というかヒントがないか探していたら…
日経ビジネスで出ていた記事「東京は福井になる~家計、会社にも国にも頼らない人生のために」(リンク切れになってしまう可能性あり)
内容は、福井は多世帯大家族が多く、 「大人数で暮らし全員で働く」、3世代で同居している世帯は20.2%で山形県に次ぎ2位、夫婦共働き率は、58.2%で日本一。さらに、福井県は洗濯機所有数量は全国3位、電気掃除機、電動ミシンはトップ。家事は外部に頼まず自分でやるのが基本。外食コストは全国平均の1万2043円に比べ福井は9962円。自炊すれば大家族になるほど1人当たりの食費は安上がりになるのは当然。
結局、福井は複数世帯が同居し共働きで家計を支え合い、引退した祖父母は孫の面倒や家事をこなし、外食など外で過ごすことを控え、家で楽しむことで出費を抑え節約する。経済効率を追求した「大家族」の姿が福井にはある、という
結果、家計受難の時代、生活様式はもちろん、家計に密着したあらゆる産業が劇的な構造変化を迫られる。そして、“福井化”は日本中で進行していく、という結論を導き出していた。
確かに、我が家も息子二人が大学へ行っているが、住居費が月10万円以上も増加、食費もそれぞれが月に少なくとも4万円は別に出していることになっている。今は学生だからすべて親が出しているが、この二人が実際に自分で稼いできたとしても、住居費と食事は必ず支出するとを考えると、同居との差は歴然だ。自宅に残っている親だって、食べ残して賞味期限が切れる食材や、貰い物のケーキやお菓子はすべて食べ切れない無駄も多い。
福井では珍しくない3世代同居ですが、東京でも「福井の効率的で経済的な同居」を見本にしたいのですが、さすがに地価が高いので1軒家での同居はできなくても、親のマンションの近くに子供たちがマンションを購入するケースが増えてきているようです。

2009年01月18日

年末の東京遊覧

新年が明けて早18日、昨日は14年前阪神大震災のあった日、震度3くらいでしたが福井でもすごく長い時間揺れていた記憶があります。当時青年会議所の会頭のご子息がこの地震で亡くなられたのですが、あの年の10月の全国大会で、自分の不幸にも立ち向かいつつ、会頭としての責務を果たされた話を切々と語られ、私を含め同じような年齢の息子を持っていた同士が嫋々と涙したことを思い出しました。
我が家の愚息たちはそんな災害にあうことも無く、今は東京で悠々自適?なマンション暮らし、どんな生活をしているのか見たい気持ちとたまには仕事を忘れて東京で憂さ晴らしをしたいこともあって、年末にまた一人で東京に行ってきました。
東京へは例によって4回目の車検を受けこうなったら動かなくなるまで乗り潰そうと決めたML320で行ってきました。コースはこれまたいつもと同じ、夕刻に福井を出て山梨、石和温泉の石和健康ランド(サウナ)へ12時過ぎに到着、ETCの深夜割引で高速代金半額。サウナに入って深夜4時まで営業の健康ランド内にある居酒屋でビールと焼酎を喰らって、早朝に起きて東京を目指す日程。眠たくなる時の寝て朝いつものように起きるパターンは一人で車を運転しても疲れが溜まらず快適なのです。
もう一つ、私が長距離を車で移動しても疲れない秘訣は、この車についているオートクルーズをほとんど全行程で使っていること。時速110キロ位に速度を設定すると、あとはハンドル操作のみ。右足はアクセルから開放され、余計な神経を使わない分、1日500キロくらい走ってもそれほど疲れないのです。
石和温泉に行くためには甲府昭和インターで下りるのですが、この日は順調に走りすぎて時間は、まだ11時40分、急遽一つ前のサービスエリアで時間をつぶして12時過ぎにETCを通過、実は高速道路で早く走ることはネズミ捕りを気にしなければいくらでも走れるのですが、時間をかけてゆっくり走ることはとても難しいというより危険で、深夜80キロくらいでゆっくり走っていると後ろから迫ってくる大型トラックが怖くて、サービスエリアでボケーとしているしかありません。
無事、石和健康ランドに近づくと後ろの山に丸く明かりがついていました。窓を開けてよく見るとそれは京都の大文字焼き見たいな火の手でした。早速、健康ランドに入って、「今日は何かのお祭りですか?」と聞いてみたら、「あ~ あれは山火事です」
「えーーっ 山火事!!! 火の手がふもとまでは迫ってこないのですか?」って聞いたら、3年ほど前にもありましたが、下草が燃えているだけでそれほど大きな火事にはならないので大丈夫ですよ」とのこと。カルフォルニアの山火事見たいに、住宅が次々と猛火に包まれるのが山火事のイメージだったので、山火事の麓で寝れるのか心配でしたが、焼酎飲んだらぐっすりと寝込んでしまいました。
翌朝、山火事の消火活動でヘリコプターが飛び回る音で目が覚めました。初めて見る山火事でしたが、 もともと禿山に近い山なので、それほど火の手は高く上がらず、白い煙だけが立ち昇っていました。その火元に向かってヘリコプターから消化剤?がまかれるのですが、次々と飛んでくるヘリコプターがホバリングして、ドバーっと消化剤をまく様子にはしばらく見入ってしまいました。
これは全国ニュースかなと思ったら、東京では全くそのニュースはなく、少しがっかりしましたが、愚息の住んでいる近くの居酒屋でのんびり憂さ晴らしをして、30日に帰ろうと思っていましたが、愚息たちの母校、丸岡高校のサッカー部が出場する全国大会の会場が近いことがわかり、急遽大晦日まで滞在延長し31日は浦和駒場スタジアムへ行ってきました。
前半は押し気味に試合を進めていた丸岡でしたが、結局無得点で前半終了。後半に入りゴール前の混戦から得点し1対0。(写真は先制して喜ぶ丸岡イレブン)
これは勝てるかと思いましたが、そのあと決定的得点のチャンスにシュートがゴールポストに当たり得点できなかった場面から流れが、相手の日大長崎へ、ディフェンスが気を緩めたわけでもないのでしょうが、それまでよく守ってきたのに相手ストライカーがノーマークとなり立て続けに2失点。結局1-2で敗戦。息子は去年教育実習で教えた生徒もいるので最後に選手にあって帰りたかったようですが、その日のうち、その年の内には家に帰りたかったので、後ろ髪を引かれる思いで浦和から福井に戻ってきました。
浦和からは首都高で池袋に、タンクローリーが激突して長い間通行止めだった中央環状線で池袋から西新宿へ、そこからは「右に見える競馬場 左はビール工場」のハイファイセットでおなじみ(フルッ)の中央高速で福井に戻ってきました。それにしても池袋から新宿までほとんどが地下トンネルの中央環状線は早くて便利。これができるまでは、日本武道館近くの竹橋JCTまで出て、環状線で三宅橋からまた外に向かうルートで混んでいると1時間近くもかかっていたのに、池袋から地下に入って10分くらいで新宿の高層ビルの合間から地上に出ると、近未来都市に出てきたような錯覚を感じました。
というわけで、大晦日の10時には無事丸岡着。4日まで正月休みでフル充電完了。とはいえ業界は前途多難、先行き不透明というより、真っ暗。頑張るしかない平成21年を迎えました。