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社長のブログ

4月に入りました。

昨日はアラレも降っていましたが、4月になったというのにまだ寒いですね。
2月の初めから別のブログを立ち上げて、本業のサイトのこのブログの更新ができませんでした。(久々なのでアップの仕方まで忘れる始末…)
で、何を始めたかと言うと実はコレ 福井にできたプロ野球球団「福井ミラクルエレファンツ」の運営ブログです。
「野球好き」と「あふれる郷土愛?」、それと「新しいもの好き」 その上「デシャバリ癖」 のすべてが見事に融合?してしまい、はまってしまいました。
数日前までは愚息の弟が帰省していたのですが、その息子と話すよりも球団の選手と話をしていた時間の方が長かったのではないかと思うほど、今は4月19日の公式戦に向けて、ファンクラブのグッズを発注したり、試合会場での看板を考えたりで大変な毎日です。
何でこんなに忙しいのかは、今年町内会からは丸岡観光協会に派遣され、壮年会の会計を任され、宅建協会は2年目の理事として留任、福井県不動産のれん会もしばらく一般会員だったのですが理事になり、その上ロータリーも理事で気が付いたら役乞食そのものの状態です。
あわわこりゃひどい。今年こそは不動産コンサルティング協会の幹事は絶対代わってもらわないと決心したところです。
こんな忙しい中でも、やっぱり本業があってこそ。時間が無いからと言っても集中して効率よく仕事もこなしているつもりで3月中は頑張りました。今月もまた頑張りますのでよろしく。

もしかすると暖冬かも

かなり寒い毎日が続いていますが、今年はあまり雪は降りませんね。
と感じていたら、昨日のニュースによると「気象庁は20日、前線を伴った低気圧が本州の南海上を進む影響で、21日までに近畿や中国、四国地方で大雪の恐れがあり、関東にかけての広い範囲では平野部でも積雪の可能性があるとして、交通障害などへの警戒を呼び掛けた。(時事通信)」とありました。
あらら、北陸では降らずに関東で大雪ですか?
通常、大陸の高気圧が優勢で上空にも寒気が入り込み、日本海で移動性低気圧が発生しこれが発達しながら東北北海道を東からに西に縦断しいわゆる「西高東低」の気圧配置になると、寒気は大陸の北朝鮮付近から旧満州から、斜め45度の角度で日本列島に向かって吹いてきますから、その寒気に直角に近い角度で日本列島の山脈地帯びぶつかり、雪雲が発達して、その手前に位置する北陸地方沿岸に雪が降ることなります。さらに日本海から北海道に向かう低気圧が台風並発達し、稚内や知床沖のオホーツク海で停滞し、日本海から次々に低気圧が発生しこれが続くとと、数日間北陸地方に雪が降り大雪になります。
最近、内風呂から露天風呂に直接出られるドアがついている温泉がありますが、内風呂につかっている時に、露天風呂へのドアが開くと冷たい空気が一気に流れこみ内風呂の湯面からドバァーと湯気が立ち混みますが、あれと同じ現象が冬の日本海で起こっているのです。日本海には対馬海流と言われる暖流が沖縄から東シナ海を経て表面温度が高い海水が対馬を通って日本海に流れこみ内風呂状態と作っていて、それにシベリア大陸でガンガンに冷えた乾燥した寒気が流れこめば、内風呂の湯面からドバァーと湯気が立ち混む状態が再現されるわけなんですね。
しかし春近くなると、日本海で発生する低気圧も徐々に南に下がり、3月にはこのような移動性低気圧は九州の南部に発生し、四国沖から関東沖の太平洋岸を東から西へ進むような進路を取ることが多くなります。こうなるとイルカが歌った「なごり雪」状態で、「今春が来て、君は綺麗になった」との歌のとおり、春が近いと言うことなんですよね。(「なごり雪」はイルカが3月頃に関東地方で考えた歌詞だと決め付けた上での結論です。間違っているかもね…)
さて、本題に戻って、冒頭の気象ニュースを読んで天気図を見ると、まさに九州の南岸から低気圧が太平洋岸に向かっている状況がわかります。
20日の天気図
21日の天気図
この太平洋岸を進む低気圧が、今は大陸の寒気が強いために関東地方に雪を降らしますが、春先になって、大陸の寒気が弱くなり逆に南から高気圧の暖かい空気を大量に伴って発達して進みと、これが「春一番」と呼ばれる風になりますが、一月なのに早くも太平洋岸を低気圧が通過することを考えると、今年は暖冬かも…ということです。
ところが
23日の天気図
あれ、23日の天気図を見ると日本海の北西部に低気圧が… 大陸の高気圧の勢力も1048hPaと強烈ですので、上空の寒気が強くて、この低気圧が発達すると25日頃は福井県地方はヤッパチ雪かも知れません。

当てにならない天気予報には十分ご注意下さい。

ミラクルエレファンツ 球団運営会社設立総会

明けましておめでとうございます。 本年も弊社をご愛顧よろしくお願いいたします。

  さて、年末から年始にかけての雷は凄まじかったですね。家中が揺れるような衝撃で直撃されたような大きな雷もありましたが、一度も停電が起こらないのはすごいですね。

話は変わりますが、年末も押し迫った12月29日に、福井県民球団「福井ミラクルエレファンツ」を運営する会社(株式会社 スポーツコミュニケーション福井)の創立総会が無事に終了し、正式に会社として動き始めました。
総会の後、藤田平監督とコーチ2名も迎えて小宴が催されました。 藤田監督は「まだ選手達と会ってないから何とも言えないが、早く選手達と会いたい」とキャンプが待ち遠しい思いで一杯のようでした。私か感じた限りでは温厚にして厳格、優しさの中に鋭い嗅覚を秘めていて、やはり独特のオーラがありましたね。
右から野田征稔(ゆきとし)野手コーチ、球団の清水代表取締役、藤田監督、投手兼任の天野浩一コーチ
NPB(日本プロ野球機構)のチームですと、守備・走塁・打撃に分類され、守備は内野・外野・捕手、それにトレーニングコーチなど、例えば中日ドラゴンズではコーチ陣だけで22名もいるのですが、ミラクルエレファンツ(他のBCリーグのチームも同じですが)のコーチはこの2名だけです。
支配下選手が70人もいるNPBと比べるのは酷ですが、頭割りで3人強に1人のコーチがつくNPBに対し、支配下選手25人でコーチ2人はやはり少ないのですが、監督が打撃コーチも兼ねる構想のようです。(NPBのコーチ陣が多いのは選手の天下り先のような気もします。)
野田コーチは66歳ですが、終始にこやかで非常に話し好きというか、細かな気遣いでチームのコミュニケーションと礼儀を教えていただける感じを受けました。「僕が野球を見始めたときの憧れは西鉄ライオンズと東映フライヤーズだった。」と懐かしい話などもされ、福井でもオールドファン?対象に講演会をすればかなりの人たちが楽しめるお話ができそうな気がしました。
投手兼任の天野浩一コーチは28歳。2年前までは広島カープの現役で一軍経験もあり、昨年は四国アイランドリーグで活躍した選手ですから、今年も少なくとも10勝は期待したい投手です。端正な顔立ちで野球に取り組む真摯な姿勢でファンも増えそうな予感がします。
若い選手達には自らプレーすることで良い見本にもなり、コーチとしても頼れる先輩になることだと思いますが、広島を戦力外になった経験から、野球に対する執念と厳しさを人一倍強く持っているようですので、厳しい指導がされることと思います。
ダンディなスタイルの藤田監督
監督とコーチ2名の首脳陣のチームですが、3名ともNPBの一軍選手経験者で、藤田監督は阪神の一軍、野田コーチは阪神の二軍監督経験者、指導力はもちろん選手の起用法や作戦面でも面白いゲームが期待できそうです。ただ、選手も最大で25人、そのうち投手約10名、捕手3名、内野手約7名、外野手約5名という編成からいくと、代打起用や選手交代にも制限がありますから、実力が拮抗した選手をどれだけ育成できるかが問題となりそうで、昨年の中日の森野選手のように内外野7つのポジションが守れて打撃も奮う選手が2、3人出てくると攻撃力が格段に上がるような気がします。
それと、最近気がついたことなのですが、ドラフトでNPBに入団した選手は、整った練習場で先ほども述べたように多くのコーチ陣にそれこそ1日中野球に打ち込めますが、高校を卒業した選手が大学生や実業団チームに入っても、授業や仕事もあり野球の練習に打ち込める時間は制約され、1,2年後にはかなりの実力の違いが出てくるように思えます。
高校生や大学生のときは力が足りなくてドラフトにかからなかった選手でも、1日中野球ができる環境の中で、みっちりと基礎から一流のコーチ陣に指導を受ければ、かなりの確立で頭角を現してくる大器晩成型選手も多いのではないかと思います。そういう意味で何人かが今年のドラフトにかかるのではないかと期待しています。
ミラクルエレファンツのユニフォームや帽子に使うロゴもようやく決まりつつあります。もうしばらくで公開される予定です。(お見せできないのが残念ですが写真はロゴを検討中のものです。)
それとファンクラブも3月までには立ち上がります。純粋に野球を見て楽しむほかにも、できるだけ多くの人が球場で仲間で応援する応援団を作れるようなお手伝い役にもなる予定です。

「さかい市」と言えばやっぱり「堺市」?

丸岡町は、坂井町・春江町・三国町との合併により坂井市になりましたが、パソコンで初めて「さかいし」と打って変換すると、堺市と変換されるのが通常です。
同じ呼び方でも漢字が違えば同じ「市」の名前を付けて良いのかを調べたら、新しく「市」の名前を付けるにあたって、かつては現在ある「市」と同じ名前を使ってはいけないというルールがあり(昭和45年自治事務次官通達)、「新たに市となる普通地方公共団体の名称については、既存の市の名称と同一となり、または類似することとならないよう十分配慮すること」という趣旨で、既存の「市」と同一の名称を付けようとすれば、行政指導の対象になりました。
しかし、現在はこの通達自体は、地方分権一括法と呼ばれる法律により、国の都道府県に対しての指揮権限が限定されたことにより、事実上失効しているのですが、今のところ暗黙の了解?で「早い者勝ち」になっているようです。
かつての例で言えば、奈良県生駒郡郡山町が「市」になるときは、福島県の郡山市と重複を避けるため、「大和郡山市」と名乗りました。東京都の武蔵村山市(山形県の村山市との重複を避ける)、東大和市(神奈川県の大和市との重複回避)なども同じ理由です。茨城県の鹿島町は、合併して市になるときに、佐賀県の鹿島市との重複を避けるため、「鹿嶋市」と字を変えました。
呼び方が同じでも、漢字が違えば認められることから、「坂井市」も問題はなかったようです。

でも、大阪へ行って「どこから来たの?」と尋ねられて、「さかい」からと言ったら、100人中100人ともが「堺市」から来たと思われるのは間違いないでしょう。できれば、福井にできた坂井市は「越前坂井市」と名乗れば、はっきりと認知されたのではないかと思っては見たのですが、福井県越前坂井市となると越前市や越前町、南越前町とも間違いやすくなるし、福井県越前坂井市丸岡町本町ではいかにも長すぎるので、思い切って九頭竜市なんて名前だったらかっこ良かったのかなんて…
それでも、九頭竜市丸岡町本町では長いので、今度は後ろを短くして、丸岡町を省いて九頭竜市本町とかにすればいいかもとも思ったのですが、三国には南本町があって、本町は丸岡で南本町は10kmほど離れた三国では、これも問題があるかなと…。
じゃ、松岡方式で旧松岡町観音が永平寺町松岡観音と変わったのと同じで間の「町」を省くと、福井県九頭竜市丸岡本町となって、何だか生まれ変わったような気がしますが、九頭竜市ってパソコンで変換するとややこしいですよね。
いずれにせよ、合併前に良く話し合って決めた名前だと言うことですので、いまさら何を言っているの?と言われるのがオチですね。くだらない話を最後まで読んでいただきありがとうございました。(しょぼん…)

町内会でのソバ会 (12/2)

私の住んでいる坂井市丸岡町はあまり有名ではありませんが、知る人ぞ知る?蕎麦の産地で、全国の有名な蕎麦屋さんを特集した雑誌などでも、使用するそば粉の産地で「福井県丸岡産」とか書かれているのを見たときがあります。
蕎麦は8月に稲刈りが終わってから種を蒔きますが、育つのが早く10月には白い花が咲き、約80日で収穫できるので例年11月後半には新蕎麦が味わえる季節になります。食べるものは総じて獲れだちがうまいのが通例で、蕎麦もやはり新蕎麦は香りが強くおいしいことから、私の住む町内会では例年この時期にソバ会が開催され新蕎麦を味わっています。
農地を多く所有している集落の仲間で行なうソバ会は各所で開かれていますが、猫の額程度の家庭菜園以外に全く田んぼも畑もない私の町内で、それも町内会単位でソバ会を行っているところは珍しいのではないかと思います。

まずは蕎麦打ちですが、例年、会場は町内のお菓子屋さんの厨房をお借りして約15名ほどが集まり、水回しから練り、伸ばし、切りをみんな自分たちの手でこなしていきます。町内には蕎麦道場でかなり腕を磨いてきた人もいれば、自分が食べるだけを趣味で打っている人、このソバ会だけで練習している初心者もいて、わいわいガヤガヤ、練るだけ練って伸ばしを失敗して途中で打ち手が交代したり、蕎麦を切る太さもマチマチですが、それは町内会での手作り行事と言うことで、色々な蕎麦が出来上がるのも楽しみの一つとしているところが良いところです。
それと、蕎麦打ちは1時ごろから始まり、ソバ会は夕方6時から開催するのですが、蕎麦打ちのお手伝いをしている人の楽しみは、最初の打った蕎麦はその場で茹でて食べる楽しみが味わえること。一升瓶の冷酒を茶碗で1杯飲んで、打ち立て、茹でたての蕎麦の味は格別です。
「蕎麦打ちはこの水回しが大事なんだよね」とか
「やっぱりそば粉10割がうまい」
「いやノドごしはニハチ(そば粉8割つなぎ2割)がうまいよ」とか
薀蓄(うんちく)を語りながら、そば粉全体に水を含ませ、それから練っていきます。
この日はどこかで採ってきた天然水まで用意されていました。
ところで、丸岡の大宮亭では最近「早刈り蕎麦」が出されるようになりました。
これは、3年ほど前に台風で畑の蕎麦がうまく育たずに、早めに刈り取ってしまわなければならなくなり、少し緑の葉が残っている時点で収穫してしまったところ、例年花が咲いた後、完全に枯れる前に収穫した蕎麦と比較して、香りが強くて栄養分も勝ることがわかり、今年は敢えて早めに収穫した蕎麦を出すようになったとのことです。
ただ、蕎麦が完全に枯れてない状態で刈り取るには機械が詰まりやすいとか、脱穀などにもこれまでにない苦労もあったとのことなのですが、台風での被害から新たなブランド蕎麦ができあがったことで、災い転じて福になっている感じだということです。多分昔の人は、蕎麦は枯れても倒れにくい植物なので、なるべく枯らしたまま乾燥させたほうが、蕎麦の実も取り出しやすくそば粉に仕上げやすかったので、なるべく遅くまで刈り取らなかったものだと思います。

出来上がった蕎麦はご覧の通り、お饅頭を載せる台に綺麗に並べられますが、太いのあり細いのありですが、食品の偽装問題が取上げれている今、正真正銘の打ち立ちの蕎麦です。
蕎麦打ちに使う道具も、町内の人たちの個人の持ち物の寄せ集めで、練り鉢も大小さまざま、伸ばしに使う棒も太いのから細いのまでが揃い、包丁に至っては8本ほど並んでいて、道具の品定め会場でもあります。
午後1時から始まった蕎麦打ちは13キロのそば粉を使用して午後4時にはすべて蕎麦になり、それから一旦お菓子屋さんの厨房で茹でて、ソバ会の会場で、温め直して食べることとなります。ソバ会の会場は町内のお寺の御堂で、机を並べ蕎麦を温めるプロパンガスと大きな釜を持ち込み、お酒やビールが振舞われ約40人が集まりました。
出来上がったそば約170人前は、町内のお年寄りの家にも出前され、会場ではお酒約4升、ビール30本、刺身6皿、オードブル6皿とともに、にぎやかな集まりの中ですべてお腹に入って夜8時ごろ終了しました。(これで大人一人1500円は安い!)